群選択説の成立
動物の行動が「種の維持」を目的にしているという考えは、チャールズ・ダーウィンの以前から存在していた。ダーウィン自身は自然選択の主体は基本的に個体であると考えていた。ある種の生物が他の種の生物のためになるような特徴を進化させていたら自分の理論は崩壊するだろうと述べている。しかしたびたび「種の利益」という言葉も使っており、種の利益と個体の利益の区別が必要であると気付いていなかった。実際に個体の利益と種の利益が一致することはおおく、混同しても問題がない場合も多い。この考え方は、人が国家や社会に奉仕するのは生物学的根拠があるのだという主張の根拠としても用いられることがあり、社会進化論にも影響を与えたハーバート・スペンサーが種の起源以前に著した『社会静学』は古典的な群選択の概念に基づいている。ただし群選択説が社会進化論に影響を与えたのではなく、どちらも19世紀の全体主義的思想から影響を受けていると考えられる。
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20世紀半ばになると、進化は「何かのため」のような目的論的な働き方をしないことが広く知られるようになった。そのため、「種の維持」という概念を機械論的に解釈し直す試みが行われた。初めて機械論的・体系的な理論として発表されたのは1962年、イギリス人の生物学者V.C. ウィン=エドワーズの『社会行動と関連した動物の分散』である。ノーベル賞を受賞した動物行動学者コンラート・ローレンツらも賛同したためいっそう広く信じられるようになった。ローレンツは、『攻撃?悪の自然誌』で、攻撃力の高い肉食動物で個体間の競争が儀礼化された争いで決着し、実際に殺し合うことがまずないことを、互いに殺し合うようではその種の存続が危ぶまれるためとした。この時代に群選択説を疑問視していたのはロナルド・フィッシャー、J.B.S.ホールデンら一部の集団遺伝学者のみであった。